その名を“タイコーさん”。
当時(約9年前)おそらく50代で、見事に膨らんだ太鼓腹と人懐こい笑顔、そして、同世代の綺麗な奥様をお持ちでした。
そんなタイコーさんは、僕が初めて会った本当に芸術家らしい芸術家だった様に思います。
昼間から酒(『いいちこ』)を呑み、煙草を吸い、描いた絵は売れず殆ど無収入で(奥様の収入で生活している)、文字通り「ガハハ」と豪快に笑う。
その笑い声には世の中の、あるいは自分の暗いニュースなんか吹き飛ばしてしまう、そんな勢いと力強さがありました。
当時のトムネコゴには(土地柄なのか)芸術家や芸術関係の仕事をしているお客さんが何人もいましたが、僕は個人的に、タイコーさんに最も芸術家らしい何かを見ていた(あるいは感じていた)様な気がします。
一度タイコーさんの自宅に妻と2人で伺ったことがありました。
「よかったらナオちゃん(※僕のこと)、今度ウチに夕飯食べにおいでよ」
「いいんですか」
「いいよー。ナオちゃん何が好き?」
「カレーです」
「カレーかー。いいねー。ガハハハハ」
それは鎌倉の山の中腹にある一軒家(2階建)で、タイコーさんは玄関の外で煙草片手に僕らが来るのを待っていました。
居間ではジャズが流れ(タイコーさんもジャズファン)、いろんな物が雑然とあり、そのためとても気安く寛げる、そんな空間です。
食事の前に仕事部屋を見せてもらった時、それこそ山の様にある油絵の中から、妻が一枚の猫の油絵をすごく気に入りました。
そして、「これが欲しい」、と言い出しました。(僕は内心“いいな”とは思ったけれど、まさか“欲しい”とは思わなかった)
「タイコーさん、この猫の油絵売ってるんですか?」
「売ってるよー。けど高いよー」
「いくらですか?」
「 ウン万円」
それを聞いて妻を見ると、「買う!」、と一言。(僕は内心“おお!”と驚きました)
その日の夕飯は奥様お手製のグリーン・カレー。
それはことの外美味しく、結局僕は、お代わりをし過ぎて奥様の分まで食べてしまいました。
「ナオちゃん良く食べるねー。いいねー。ガハハハ」
買った猫の油絵を軽く包んでもらい、玄関の外で手を振る二人に頭を下げて、妻と二人、真っ暗な夜の山道をゆっくりと降って行きました。
あの日の猫の油絵は今でも大事にトムネコゴに飾ってあります。
それは当時の僕らにとってけっして安い買い物ではなかったけれど、“でもそれで良かったんだ”、と今なら思えます。
結局それは、画集を買ったのでもポストカードを買ったのでもなく、絵を買ったのだから。
ーお知らせー
現在トムネコゴでは大平高之『秋の展示会』をやっています。(18日まで)
飾ってあるパステル画はどれも販売しています。
宜しければ、声をかけて下さい。
店主